2001
イギリスにおいて1年会期で「ジャパン2001年祭」が催された。
この年の暮れに、油絵、彫刻、備えつけ形式の作品、版画、織物、写真、音楽、小説、詩など、すべての分野を対象とした芸術店が開催された。
2002
この年のはじめに応募のあったアーティスト達の作品の中から最優秀賞が選ばれた。最終的に3人の南西部出身の審査員が異議なしでミックス・ミディアの絵画「トランスティング・リレイションシップ(宇宙と自然における信頼し合った関係)」を受賞作品とした。
受賞者が受け取る賞品の1つにペアのJALの日本までの往復チケットがあったが、スコット・バロンは2002年に長期化した病気のために旅をすることはできなかった。
2003
彼の日本行きのチケットをどのように有効に使うかをよく考え、話し合った結果、スコットは障害者や社会的弱者やそのグループなどと、彼の幸運を分かち合おうと決心し、プロジェクトを公式化し、立ち上げた。
芸術作品を通して、イギリスと日本をつなぐというアイデアは発展し、”海を越えて手をつなぐ”というプロジェクトをつくりあげた。
この年の暮れに、イギリスで個人間での提携ができ、またグループが設立され、日本への持ち運びが容易にできる芸術作品をつくりはじめた。
そして、次の2つの主な作品が生まれた。
1. 友好の箱
2. 絵画などの作品
2004
芸術作品制作がイギリスで引き続き進められた。この年の暮れにスコットは日本に行き、個人、そして団体とコンタクトを取り、イギリスで日本のためにつくられた芸術作品を贈りはじめた。
パートナーシップは実際の活動につながったり、ネットワークを作りあげるにいたった。
2005
このプロジェクトは初めて"EU-ジャパンイヤー(人と人との交流をふかめる)”の発議で承認され、支援を受け、001という唯一の参照ナンバーを持ったものに指定された。
春にスコットは日本に2,3週間帰り、このプロジェクトを強化しはじめ、そして2005年秋、またその後の新たな交流のための土台を築いた

